【岐阜県可児市】コロナ感染者自殺デマ はなぜ生まれたか!?

三品純 By 三品純

コロナウイルスは経済活動、就学、娯楽、文化活動、スポーツ…あらゆるものを奪い去った。その代わりに人々に疑心暗鬼を植え付け、自粛警察、マスク警察という存在を生み出した。またコロナウイルスをめぐる対人トラブルが各地で報告されてきたが、中でも「感染者に対するデマ、中傷、差別」は特に注視すべき問題だ。さて本稿で紹介する「岐阜県可児市感染者自殺デマ」は感染拡大が深刻化した4月頃に発生したもの。その特徴は単純に悪意に満ちたデマとは言い切れないことである。ここが厄介だ。強いて言えば同情や自制心から生じた“善意デマ ”というものだろうか。こう表現するともしや「デマに善意はない」と考える人もいるだろう。ただ便宜上、ここでは「善意デマ」という言葉で読み進めてもらえれば幸いだ。

3月下旬、岐阜県可児市で合唱団に所属する女性らが感染した、こんな報道を覚えておいでだろうか。当時、“ 合唱クラスター”と言われていた。地元L合唱団とスポーツジムを掛け持ちする女性(70代)とその夫(70代)が4月に感染死。また同居する40代の娘も感染者と報じられた。

当時はまだ「3つの密を避けましょう!」との標語が生まれて間もない頃。このため室内で大勢が発声する感染リスクの実例として全国的に報じられた。この時期、印象的な出来事はデマや中傷よりも、マスク不足あるいは無症状者がコロナ感染を自称してトラブルを起こすいわゆる“俺コロナ ”事件の多発だろうか。社会的にはまだ警戒感が低かったが、お笑いタレント・志村けんさんのコロナ感染死が緊張感をもたらした。

それまでは一般メディアあるいはSNSでも「騒ぎすぎ」という論調が散見されたが志村さんの死によって感染防止の意識が広まった。同時に、感染者に対する差別、中傷、偏見という問題も顕在化していく。

印象的なのは4月、三重県内の感染者宅に投石されるなどの嫌がらせ行為が起こり鈴木英敬知事が「差別は許されない」と呼びかけたこと。「差別」というキーワードはメディアにとっては悲劇というよりも血沸き肉躍る魔法の言葉。本来は大変な悲劇だが新聞やテレビは小躍りするように感染者の差別問題を取り扱うようになる。例えば「東京差別」(感染者が多い東京から地方に行くことへの警戒感)も盛んに使用されたが、申し訳ないが「目立つフレーズの作りっこ大会」にしか見えなかった。

だから著者自身としては感染者に対するデマ、偏見は良しとしなくてもメディアで扱われる「コロナ差別」に対してはかなり冷めた目で見ていた。しかしそんな矢先に可児市のコロナ自殺という情報が寄せられたのだ。情報の提供主は愛知県在住者と言っていた。出身は可児市で同市のこともよく知っている、と言う。可児市は名古屋市などのベッドタウンだから愛知県にまで噂話が伝播するのはあり得る話。6月末のことだ

可児市で合唱に参加していた母娘が感染したでしょ。母とその夫がコロナで亡くなったんですが、自宅に落書きをされるなど嫌がらせを受けた娘さんが自殺されたんですよ。アナタも岐阜出身だからこの問題を取材すべきじゃないですか」

こんな話だった。嫌がらせを受けたというのは先述した合唱クラスターの一家である。事実ならば由々しき問題だ。こんなひどいことは許せない。単純な義憤のような思いが芽生えた。ただ反面、情報の出所がよく分からない。だいたい感染したことを苦に自殺をすれば大きく報道されるはず。コロナ中傷による自殺など衝撃的で新聞、テレビが放置しているはずがない。

だいたい情報提供と言ってもピンキリである。ただのネット情報の受け売りやあるいはただの思い込み、陰謀論ということも多々ある。だから情報提供者によく確認してみた。まず可児市のどこの人なのか、できればそのお宅を取材してみたい、こんな風に聞いてみる。

「そんなプライベートなことは言えませんよ! 」

なるほど。この時点でダウト! 噂話に過ぎないと確信した。つまりこのような場合、“言えない ”のではなくて“知らない ”ものだ。個人情報、プライベート云々もその言い訳でならばそもそも情報提供などしなければよい。この人物も許せない思いで突発的に連絡してきたかもしれない。当初は話半分くらいで聞いてみたものの、一応ネットの掲示板や地域サイトなどを検索してみると確かにそれらしき投稿はあった。さらに「爆サイ.com」には感染者自宅の落書き画像も投稿されている、というのだ。ただ実際に調べみると削除された痕跡があり、あるいは他の投稿者から「別の地域での落書き」と指摘されていた。

感染者の自殺をほのめかす投稿の一例。

では地元岐阜ではこのような話は話題になっているのだろうか。当の可児市の知人に尋ねてみるとやはり自宅落書き→感染者女性の自殺という話を知っていた。ネタ元は一家の知人だという。紹介してもらい話を聞いてみると噂よりも壮絶な話が待っていた。

「女性(40代)は両親が亡くなったのに自分だけが生き残ったこと、自宅に落書きがされるなどの嫌がらせを苦にして首つり自殺したんですよ」

ネットでは入水自殺というのがあったが今度は首つりだ。さらに悲惨な話は続く。

「この自宅の落書きがあまりにひどくて悩んだ親戚が集まってこの家を解体、撤去したんです」

なんという話だ。感染一家に心ない者たちが押し寄せる。漫画家・永井豪の『デビルマン』のラストシーンをご存知だろうか。一般市民が悪魔狩りを始めてごく普通の一家が暴徒に自宅を包囲される―――。なんだかそんなシーンを思い出してしまった。不思議なもので話が奇異で悲惨であればあるほどなぜか信憑性が増してしまう。しかも意外とこの話は広まっていた。著者が確認しただけでも先述した通り、名古屋市内から小牧市、犬山市、岐阜市、可児市周辺、かなり広い範囲で自殺話&自宅解体話が広まっていた。

・40代の娘が両親にコロナをうつしたことを悔やんだ
・コロナ感染が拡大する中で合唱に参加したことへ後悔
・自宅が落書きなどに嫌がらせにあった
・娘が気に病んで自殺した(首つり、入水)
・一族が集まり自宅を解体撤去した

大筋こんな話である。様々な形でコロナ差別報道はあったが、少なくとも著者が見聞してきた中で最も悲劇的な話だった。ならば実際に現地で確認すべき。本来は正確に地域も詳細に報じるべきだが、とりあえず可児市H地区ということだけにしておこう。

デマと判明 崩れる証言

結論から言うとこの40代の感染者はご存命で、自宅も全く無事だった。確かにこの自宅の数件先に更地になった土地があったがそれはコロナとは全く無関係である。この点については事実関係をきちんと説明すべきだけども、ご存命であり自宅も健在というだけでご容赦頂きたい。

可児市役所。県下で二番目に感染者が多い自治体である。

よく調べると明かなデマだと判明した。興味深いのは「コロナ自殺、自宅解体」を教えてくれたネタ元たちの反応である。当初、話を聞いたのは「被害者の知人」「被害者(感染者)自宅の近所の人を知っている」という筋の人々だ。だからデマであったことを問いただすと実は「知人の知人の近所」「感染者自宅の隣の住宅街」という具合であれよあれよと関係性の強度が下がっていく。あるいは「実は美容院で聞いた話」とか「近所の人から聞いた」とか精度が落ちた。噂話や都市伝説でありがちな「これは友達の親戚の話なんだけど…」で始まるレベルだ。最初はこの渦中の女性の知人、友人かの勢いだったが…こうなると苦笑せざるを得ないし真に受けた自分自身も情けない。

また可児市役所にも聞いてみると「そうした噂話があることは承知していますが、事実は確認できません」(秘書広報課)、また「確かにそのような問い合わせがありました。しかし合唱サークル側から活動を再開したいが安全面など市と相談したいとの申し出がありました。そこでメンバーの方を確認しましたが自殺などという話はありませんでした」(健康増進課)との説明だ。

噂が発生して以来、デマと指摘する投稿も少なくなかった。

ちょうどこの取材を終えた後ぐらいにネットを検索してみると上の写真のようなやり取りを見つけた。5~7月中旬くらいに盛り上がった噂で7月下旬に沈静化したようだ。一時はかなりこの情報に入れ込んでしまったが、ともかく悲惨な出来事が「デマ」で良かったと思う。可児市秘書広報課に自殺話の顛末を伝えてみると「そのような事実がなく何よりでした」との返答で気が休まる思いだった。

ではなぜこのような話がかなり広範囲で広まってしまったのだろう。考えてみた。

感染者数県下で2番目

可児市の感染者数は8月17日時点で岐阜市の174人についで54人。これは県下の自治体で2番目の感染者数だ。ただ人口で見ると可児市は1岐阜市2大垣市3各務原市4多治見市についで5番目の自治体。人口比で考えると感染率が高いことがよく分かる。この点は冒頭でも述べた通り、名古屋市のベットタウンだから人の往来が多いことが影響しているかもしれない。また自殺デマが広まったのは地理的な条件も影響したことだろう。

それから親族が集まって自宅を解体したというのは一体、どのように派生したものか? そもそもこの感染者女性の自宅に落書きがなされた、という事実すらなかった。だから当然、解体と撤去というのも全くのデマである。確かにこの周辺に更地があったことは事実だがこれも説明した通りコロナウイルス感染とは全く無関係だ。

ただこの地域を広く回ってみてこんな推測を立ててみた。この周辺、「●●台」「〇〇ケ丘」という地名が多い。というよりも「だらけ」である。70~80年代に建設ラッシュとなった新興住宅街にありがちな地名というのは全国共通だろう。可児市の場合、旧可児町から市政に移行したのは1982年のこと。現在、大河ドラマ『麒麟がくる』のご当地で歴史的遺産にも恵まれているが、市政自体は浅い。80年代になって人口が劇的に増加することになる。同時に新興住宅街も続々と開発された。

当時、こうした新興住宅は非常に魅力的に見えたもの。画一的に整然と並んだ新しい住宅群はなにやら「近未来感」すら伝わったものだ。今から思えば非個性で無機質な雰囲気だが、当時はそれが逆に清潔でまた新鮮だった。ところが30年以上たち老朽化したし、また山林を開発したため傾斜面が多く、高齢者の住居としては不便だ。だから建て替えや移転というケースも少なくない。実際に周辺の住宅街では更地や解体中の家屋が数件確認できた。おそらくこんな光景を「親族総出で解体撤去」と思い込んだのだろう。

地域的な特徴はこんなところだろうか。それから証言者やこの噂を知っていた人たちに共通するもの、すなわち「善意デマ」の存在も見逃せない。今回、「落書き→自殺→自宅解体」という話を教えてくれた人たちは感染者に対して深い同情を寄せていた。

「なぜそんなひどい嫌がらせをするのか」「彼女のせいで感染が広まったわけではないのに」と言った様子で一様に感染者女性を擁護していたものだ。中傷や揶揄の意図でこの話を広めたとは思えなかった。ただ不確かな情報を拡散させたことに違いはない。あるいはデマの拡散についてネットに責任を転嫁するむきもあるだろうが、それは近視眼的というものだ。

それではなぜこんな奇妙なデマが発生したのか。感染するとどれだけ過酷な事態が待ち受けるのかという恐怖心が善意デマに向かわせた。こんな思いが伝わってきた。もう少し言えば戒め的というべきだろうか。自制しない行動は身を亡ぼすという教訓的な意味もこのデマには込められていた。それもコロナ感染した際の恐怖心がゆえだろう。「近所から白い目で見られる」「ここでは暮らせない」といった対人関係における恐怖だ。本来は誰もが自分も感染リスクがある、というごく当たり前の意識が共有できればこのような恐怖心からは解放されるはずだが…。

コロナウイルス禍がいつまで続くか分からないが、感染にまつわるデマや差別が起こる可能性はおおいにある。8月18日、茨城県が全国初となるコロナ感染差別禁止を含む条例制定の意向を発表した。しかしそうした条例が本当に効果的なのか疑問だ。個々人が冷静な判断力を持つことが先決、と声を大にして訴えたいが言うは易しというものか…。ともかく過去に習え、である。もし妙な噂を入手した時にぜひ本稿を参考にしてもらえれば幸いだ。

【岐阜県可児市】コロナ感染者自殺デマ はなぜ生まれたか!?」への1件のフィードバック

  1. アバターM

    これは、今、日本国民が読むべき記事です。
    無論、是非ではありません。
    Yahoo的なさっき読んだ記事が、数分後に検索すればもうたどり着けないような時代。たまたま、あるいは意図して探し出した情報の線引きはどこあるのでしょう。そして情報として得たことについて我々はどう考え、自らどう生きていくのか。
    読みっぱなしにさせず、じっくりと考察させてくれる記事です。
    知り得たことに対しての、少なからずの考えには…、そして、そのうえで発言したことには責任がある!ただそれだけです。
    覚悟というほどのことはなく、人間が生きてゆくとはそういうものでなかったか?
    三品さんの問題提起を、引き続きお待ちしています。
    繰り返しますが、是非ではありませんので、あしからず。

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