IT疑似科学? “Lyee”の現在 (前編)

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By 宮部 龍彦

(後編はこちら)

昨年から今年の始めにかけてビットコイン・バブルが起きたIT業界。ビットコイン・バブルは既に崩壊の様相を見せているが、一方で「AI」については、未だに関連企業の株価が暴騰し続けるなど、盛況が続いている。

元祖ITバブルと言えば2000年頃が最盛期だったが、その頃にIT業界で話題になった「Lyeeリー」というものがある。たぶん、ほとんどの人は知らないし、知っている人もその言葉以外は一体何なのか最初から最後まで分からないままだったことだろう。問題は、なぜよく分からないものに、多くの人が引き込まれたのかだ。

ある就職の誘い

2000年、筆者が就職活動をしていた時のこと、大学の就職担当から「カテナ」という会社を勧められたことがあった。「Lyee」という画期的なソフトウェア開発手法があり、その事業拡大のために人員を募集しているのだという。

当時は全般的には就職氷河期真っ只中であったが、IT業界は例外的に引き手数多の状態だった。ただ、中にはITと言いながら単なる人材派遣であったり、実態のない事業をでっち上げて資金を集めるような会社もあったりしたことから、どのような技術に価値があるかを見極めることはとても重要なことだった。

Lyeeについては当初から胡散臭さがつきまとっていた。まずその名前からして、”Governmental Methodology for Software Providence”の末尾の文字を並べたものであり、頭字語ではなく末尾の文字を並べるというのも斬新だが、ソフトウェア開発という工学上のことに”Governmental”(政治上の)や”Providence”(摂理)がなぜ関係するのかよく分からない。

とにかく、根来ねごろ文生ふみおという人物が発明したLyeeとは画期的なソフトウェア開発手法であって、従来に比べて開発期間が5分の1になるとか、素人でも開発できるようになるとか、バグが出なくなるのでテストが不要と喧伝されていた。

もし、その通りなら、本当に画期的なことだろう。ソフトウェアの開発費用はほとんど人件費なのだから、開発期間が5分の1になるということは開発費用もほぼ5分の1に抑えられるということだし、すばやく開発できるということは、何かの事業を始めるにあたって必要なシステムを迅速に用意できるということだ。

実際にパソコンでプログラムを組んだことのある方は分かると思うが、ソフトウェアにバグ(不具合)はつきものだ。文章を書くことに例えるなら、長い文章になればなるほど誤字脱字はどうしても出てしまうし、前後の脈略がおかしかったり、書いている内容に事実誤認があったりということも起こりがちだ。求められる品質にもよるが、このバグを見つけて除去する手間がソフトウェア開発作業にかかる時間のかなりの部分を占めるし、それでも除去できなかったバグのために運用に支障が出て利用者が損失を被る可能性があるのが現状なので、本当にバグをなくすことができれば、革命的である。…というよりも、本当にそんなことが出来るのだろうか?

「いかにLyeeは凄いのか」ということが書かれた雑誌の記事を見せられたり、ウェブサイトも見たりしたが、「どこそこの大学教授が絶賛している」というようなことばかりで、肝心のLyeeとはどのような技術なのか理解できるようなものはどこにもなかった。何となく分かったのは、プログラムを自動生成するようなツールらしいということだけである。

おおよそ工学というのはコロンブスの卵のようなところがあって、画期的な技術と言われるものは、その発想に行き着くまでが斬新であったり、あるいは発想自体は既にあっても実際にやるという行為そのものが斬新なのであったりするもので、説明されても難解すぎて誰も理解できないということは、めったにないことである。

一番わかり易いのは、製品を見ることだ。例えばテレビが発明された時、テレビの原理を理解できなくても、テレビの実物を見れば、それが画期的な技術であることを誰でも理解したはずだ。しかし、Lyeeに関しては実際の製品を見ることができない。

自分が理解できないようなことに、人生を預けるのは危険なことなように思えたので、筆者はその誘いは断ることにした。

Lyee、コケる

カテナは2010年にシステムプロと合併してシステナとなっている。システムプロが存続会社であり、吸収合併された形なので、カテナは既に消滅したとも言える。しかし、カテナは日本のソフトウェア会社の中でも最初期の会社で、IT業界の優良企業であった。

カテナがLyeeを本格的に事業化することを試み、人員を募っていたのはまさにカテナの最盛期の頃である。そして、それを強力に後押ししていたのは創業者の小宮善継氏であった。小宮氏はもともと政治家の家庭に生まれたが、政治ではなくて実業家の道を志した。そして、将来成長が見込める分野としてコンピューターに目をつけ、データ入力業務から始めた。小宮氏の目論見は大当たりし、その経営手腕もあって、1991年には東証二部に上場を果たすまでに成長した。

それほどまでに優秀な経営者が、これは当たると見込んで莫大な投資をしているLyeeという技術は、さぞ有望なものであるに違いないと信じた人も多かったはずだ。主要なところでは、日新製鋼、エイデン(現在のエディオン)等がLyeeを採用した。

カテナとしては、他社からの受託という形でLyeeを活用したシステム開発を行い、将来的には開発手法としてのLyeeを他社に提供してライセンス料を得るか、開発ツールを販売することを目指していた。そのために特許を取得しており、成功すれば同社に莫大な利益をもたらすはずだった。

しかし、受託開発事業は次々に頓挫。ライセンス料を支払ってLyeeを導入した企業は1つも現れず、開発ツールも全く売れなかった。とうとう、Lyee事業は一度も黒字化することはなく、2007年にカテナはLyee事業から撤退した。

幸いだったのは、カテナがLyeeに注力する一方で、既存のシステム開発事業やパッケージ製品の販売など、手堅い収益源を温存していたことだ。同時期に、利益率の低いパソコンの販売事業を早々と切ったのも結果的には正しい経営判断だったと思う。また、小宮氏がLyeeの成否とは別の問題として、自身の年齢を理由に早々と引退することを以前から表明しており、そのことを潔く有言実行したことから、Lyeeの失敗を後に引きずることはなかった。

しかし、カテナが失った利益と信用が大きなものであったことは想像に難くない。倒産という破滅的な状態にこそならなかったものの、結果的にはカテナという会社が存続することはできなかった。

それ以来、Lyeeについては現システナを始めとする関連会社にとっては黒歴史となっており、IT業界にとってもLyeeに触れることについてはタブーになっている感がある。

Lyee、復活!?

しかし、筆者は偶然にもその名前を再び見ることになった。昨年、「コーディング不要でかつウイルス無力化機能を内包するプログラム自動生成ツールの試作開発」に、神奈川県中小企業団体中央会を通じて中小企業庁の補助金が支出されたという。そして、その補助金を受けたと発表している会社こそ、「LYEE株式会社」である。

LYEE株式会社の社長(兼Chief Philosophy Officer)こそ、Lyeeの発明者である根来文生であり、取締役にはカテナの小宮善継元社長の名前もある。これを見る限り、Lyeeはまだ終わっていなかったということだ。しかも、昔はなかった「ウイルス無力化機能を内包する」との触れ込みだ。それにしても、なぜソフトウェア開発なのに肩書が”Philosophy”(哲学)なのか、胡散臭さは相変わらずである。

ピュアな学生時代は分からなかったが、当初から掲げているバグのないプログラムを自動的に生成するということは、無理な話である。バグとはいっても、様々な段階で入り込むものがある。先述の文章を書く例えで言えば「誤字脱字」に該当するようなものであれば、それを自動的に検出して除去することはたやすい。「前後の脈略がおかしい」といったことも、ある程度は自動的に検出することは可能だ。

しかし、「事実誤認」に該当するようなことをコンピューターが自動的に判断することは難しい。そこまでくると、設計段階で技術者が顧客の業務内容を正しく理解しているかという問題になってくるからだ。究極的にはコンピューターが人間の脳をシミュレーション出来れば解決できるのだろうが、Lyeeは90年代に発明されたとされるものだし、根来氏がそこまで高度な発明をしたとは到底信じられるものではないだろう。

さらに「ウイルス無力化」ともなれば、そもそもウイルスとは何なのかという定義の問題に関わってくる。最近、ビットコインの採掘プログラムがウイルスとして警察に摘発された際も、それをウイルスと言えるのか賛否が巻き起こった。ビットコインの採掘自体は意図的かつ合法的に世界中で行われていることなのだが、それをウェブブラウザ上でウェブサイトの閲覧者が分からない状態で実行すればウイルスだというのが捜査当局の論理なのだが、逆に言えばウェブサイトでビットコインを採掘するということを世の中に広く宣伝して誰でも分かるようにしておけばウイルスではないということになる。そうなると、もはやプログラムを見ただけでウイルスとは判断できないわけで、そのような「空気を読む」ようなことが現代の技術で可能だとは誰も信じないだろう。

ということは、「バグのないプログラム」も「ウイルス無力化」も一種の営業トークであって、文字通りに捉えるべきではないと思った。

一昨年9月14日の’特許公報に掲載されたLyeeに関する特許

ところで、中小企業庁の補助金の支出が決まる前年の、2016年8月に「ウイルス侵入検知及び無力化方法」という特許が根来氏の名前で登録されている。その全ての内容と、特許がされるまでの経過はこちらで確認することができる。

ご承知のように、特許というのは発明の内容を公開する代わりに、その発明の商業利用への対価を独占的に得られるという制度である。特許が認められる要件には、それが自然法則を利用したもので、産業上利用可能であり、先行したものがなく、容易に考え出すことが出来ないこと等がある。それらのことから分かる通り、ある発明が特許されていることはその発明に価値があるかどうかとは別問題である。また、特許の要件について特許庁が認めたとしても、それが事実上の最終的な判断であるとは限らず、特許に不服を持つ人が裁判所に訴え出れば無効とされてしまうことがある。

誰もが価値ある特許と認めれば、それを利用する人は進んで利用料を支払うだろうが、特許されていても価値のない発明に利用料を払う人はいない。また、価値があっても特許庁の判断に不服を持つ人がいれば、裁判になってでも利用料の支払いを拒否される可能性がある。

公開された特許には、その発明の内容を誰でも実施できるように記述されていることが原則なのだが、正直なところ、筆者が読んでもその内容を理解することはとても難しい。特許公報の中に出てくる「シナリオ関数」「最小叙述構造体」「ベクトル構造」というのは情報工学の用語ではなく、根来氏が独自に考えた言葉である。

そのためか、「経過情報」をたどっていくと、審査の過程で審査官から拒絶されていることが分かる。主な拒絶理由は産業上利用可能ではないということで、具体的にどのようにウイルスを除去するのか分からない、書かれていることは一般的に知られている方法ではないのでこれでは具体的な方法を記載したことにはならないといったことである。

その後、審査官との面接と補正書の提出を重ねて、ようやく特許されるに至っている。

再び中小企業庁の補助金の話に戻すと、過去にカテナが失敗している以上、もはやLyeeに価値があるとは筆者は正直なところ信じられなかった。それならなぜ、中小企業庁の補助金が支出されたのかは気になるところである。

中小企業庁に問い合わせたところ、該当する補助金は神奈川県中小企業団体中央会に一括で支出されており、それから先のことは民間団体が行っていることなので、行政による情報公開の対象にはならないそうだ。そこで、中小企業団体中央会に問い合わせてみたところでは、各社の営業秘密に関わることもあって、どの会社がどのような名目で補助金を受けたか以上のことは答えられないという。

うがった見方をすれば、中小企業庁が直接補助金を出すと、情報公開の対象となるだけでなく、補助金を受けられなかった会社がそれに納得出来ないので審査請求をするということも可能で、中小企業庁にとっては面倒を減らすためにワンクッション置いているのではないかと思う。

そうは言っても、筆者もソフトウェア開発者の端くれとして、Lyeeとは結局何だったのか積年の謎を解きたい気持ちがあった。そこで、LYEE株式会社にLyeeとは具体的にどのような物なのか問い合わせてみると、意外にも小宮氏と根来氏から返信があり、その詳細を直接説明して頂けるということになった。

本当にごく個人的な興味からだったのだが、そこから筆者は不思議な空間へと誘われることとなった。
(次回に続く)

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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IT疑似科学? “Lyee”の現在 (前編)」への4件のフィードバック

  1. りょう

    初めてlyeeという名前を聞きました。
    調べてみると、なんとも摩訶不思議なモノですが、なぜか高揚感を感じる不思議さですね。まるでUMAやUFO伝説のようなオカルティックなワクワク感を感じます。
    こう言った、よく分からないモノについての話は個人的にゾクゾクするので、後半の続きを待ち望んでいます。

    返信
  2. しょうえもん

    この投稿を見る限りLyeeの真髄が語られていませんね。
    私の知る限り、Lyeeの発想は、単語(=データ項目)を数学の“命題”として扱い、どのような単語も、
    条件が“真”ならば、対応する体言止めで定義されたセンテンスを実行し、条件が“偽”ならば実行しない。ここで、条件が“真”とは、単語に対応したデータ項目フィールドがnull(空)の場合とする。すべての単語(=データ項目)をこのような命題論理をプログラム言語でで記述すれば、単語ごとのプログラムの実行順序(フローチャート)を検討しなくてもよい。この考え方で開発したシステムは実際に稼働しましたよ。なお、単語ごとの命題論理を再起させる仕組みが内包させてあるので、cpuを余計に使うことになりますけど。
    #9ac8200322bd52f434b5d5651872d1d1

    返信
    1. 宮部 龍彦 投稿作成者

      用語が独特すぎて意味不明です。造語するのではなく、既存の計算機科学の用語で説明できないと理解はできないでしょう。
      それから「CPUを余計に使う」というのも、計算量のオーダーが示されないと、実用的かどうかは分かりません。

      返信