北海道アイヌ探訪記(4)白老町

By 鳥取ループ

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しらおいポロトコタン

北海道で「アイヌを見たい」と言うと、よく勧められる場所が白老しらおい町である。

苫小牧とまこまい市の隣にある白老町は、千歳空港から自動車や鉄道で1時間ちょっとでアクセスできるため、観光に関しては日高地方より、はるかに有利と言える。

ここには「アイヌ民族博物館」(しらおいポロトコタン)がある。早速訪れてみると、夏休み明けの平日ということもあって人は少なめではあったが、観光客で賑わっていた。

ポロトというのはアイヌ語で「大きな湖」という意味であるという。近くには「ポロト湖」があり、黒い湯が湧く「ポロト温泉」もある。

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コタンコルクルの像。

博物館の入り口では、「コタンコルクルの像」が入場者を出迎えてくれる。

「コタンコルクル」というのはアイヌ英雄の名前…ではなくて、「村長」を表す一般名詞である。そのため、この像には何か由緒があるというわけではなくて、FRP(繊維強化プラスチック)製の巨大な人形のようなものである。

像の足元には「ポロトコタン入り口の大きなシンボル「コタンコロクル像」、高さは何メートル?」という、正直、どうでもいいクイズのパネルが置いてあった。筆者が知りたいのは、そんなことではないのだ。

さて、屋外の展示場にはアイヌの住居であるチセがいくつかあるのはもちろん、北海道犬(アイヌ犬)やヒグマが飼われていた。屋内の展示場には、日高にもあったようなアイヌの衣装、生活用具が展示されていた。確かに博物館としては充実しているので、観光客が来るにはよいところだろう。

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大きなチセの中では、アイヌの生活について、アイヌをルーツに持つという男性が解説していたので聞いてみた。まとめると、次のような話だ。

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北海道の地名の80%以上はアイヌ語である。

ところで、チセは本来はもっと小さなもので、中で火を焚くことで屋根に対する防水・防虫の効果があった。しかし、伝統的な茅葺きのチセは消防法上の問題があって、現在は住居用としては建てることができないという。

チセの中にある漆器はアイヌが作ったものではなく、和人との交易で手に入れたもので、大きな漆器の入れ物1つあたり、熊の毛皮10枚以上、鮭の燻製100匹以上の価値があった。

アイヌの女性には口の周りに刺青を入れる風習があり、成人の儀式、魔除けのためといった意味があったという。

ただ、ここでも強調されたのは、「今はこのような生活をしているアイヌはいない」ということだ。繰り返しになるが、筆者を含め誰もそのようなことは期待していないと思う。しかし、あえてそのことを強調するのは、過去のアイヌの文化に対する劣等感のようなものがあるのではないかと感じてしまう(いずれ触れるが、実際にそういう意識はあるという)。

もっとも、筆者は、後で旅行が好きという年配の女性から聞いたのだが、1970年代くらいまでは、確かに北海道には「アイヌらしいアイヌ」というのがいたのだという。網走の辺りに行けば、口の周りに刺青を入れたお婆さんがバス停で待っているというような光景が普通に見られたのだそうだ。しかし、今となっては彼女らを見かけることはほぼ絶望的である。北海道のどこで聞いても「そのような人はみんな亡くなってしまった」と誰もが口をそろえる。

白老のアイヌはどこにいった?

白老町では「民族共生の象徴となる空間」という事業が進められている。これは、2008年の国会で採択された「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を受けて国が推進しているものである。

現在のしらおいポロトコタンの周辺に、博物館に加えて、アイヌに関する研究・教育施設を拡充するのだという。東京オリンピックが開催される2020年には一般公開されることになっている。

しかし、これは言ってみれば巨大な箱物であり、国の政策の産物だ。

筆者は白老のアイヌ事情について聞くために、役場に行って話を聞いてみた。

ここでもやはり、アイヌ集落のようなものは残っていないと言うという。また、現在では役場が誰がアイヌなのか判断する手段はないという。これは、日高で聞いたことと全く同じである。

白老にもいくつか生活館がある。その1つを訪れて、生活館の管理人だという住人に話を聞いてみた。

白老の生活館も、ただの公民館になっていて、アイヌ関係の展示物があるわけではない。ただ、白老には確かに浜町(高砂町)の辺りに、昭和30年頃まではアイヌ集落はあったという。しかし、今は残っておらず、アイヌの血を引く人は散らばってしまっていて、町内会のようなコミュニティも残っていないのだという。

また、現在建設が進められている「民族共生の象徴となる空間」に関連して、アイヌについての町民に対する学習会が度々行われているということだ。

一方、白老には「一般社団法人白老モシリ」という団体がある。これは、北海道アイヌ協会白老支部の長谷川はせがわ邦彦くにひこ会長により設立され、加藤かとうただし北海道アイヌ協会理事長が代表となっており、アイヌ協会との関係が深い団体である。

白老モシリの関係者から話を聞ける機会があったので、まず「誰がアイヌかどうやって判別するのか」という点を聞いてみた。

「昔は戸籍に『旧土人』と判が押してあったんですけど、今はもう分からないです。ただ、(アイヌ)協会の支部に入る場合は血筋が関係していて、戸籍をさかのぼってアイヌの名前の人がいれば確かにそうだということになります。ただ、この戸籍も簡単に見れないですよ。家族でもいろいろと書類を書かないといけません」

ついでに、金子議員の「アイヌ民族はもういない」発言について聞いてみると。

「なんで今さらそんなことを言うんですかね。アイヌ民族がいないなら、どうして1997年まで旧土人保護法があったんでしょうかと私は思いますね。それに、私の代でもあいつはアイヌだから付き合うなみたいな差別はありますよ」

ただ、「北方領土はアイヌのものか?」といった、さらに政治的な話になると、なかなか答えづらいという。そこまで行くと、アイヌの中でも様々な意見があるということだ。

ついでに、部落解放同盟とアイヌの関わりについて聞くと、

「関わっている人はいますね。でもほとんどのアイヌとは関係ないですよ。アイヌ協会の一部の人のことです」

ということだ。

(次回に続く)

北海道アイヌ探訪記(4)白老町」への5件のフィードバック

  1. トッカリ

    いつも興味深く記事を読ませていただいております。
    色々な人に絡まれて大変だとは思いますが、頑張ってください。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      絡まれるのは、相応の価値が記事にあるためだと自負しております。
      無価値なら無視されるだけです。

      返信
      1. トッカリ

        絡んでくる人たちも、協会の中で重要なポストにある人ではないので、そういった下位の人たちにとっては利権など無いということなんでしょうね。

        返信
      2. 斉藤ママ

        そうか、私が全く絡まれないのは、無価値な投稿だからか。
        悔しいです。

        返信

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